vol.02
白良浜から、地元の人が消えたなら。
2026.10.15
古久保寿樹
古久保寿樹
古久保寿樹
その土地の美しい自然と、そこで豊かに暮らす人々の営みが調和している風景。
旅人が本当に見たいものとは、そんな風景ではないだろうか。
白良浜には、世界に誇れる美しい砂浜と海がある。そのすぐそばには温泉が湧き、紀南ならではの食文化や、長い年月をかけて育まれてきた暮らしがある。
近年、白良浜では海外からの観光客の姿が目立つようになった。
夏の海水浴だけでなく、春や秋、冬にも浜を散歩し、夕日を眺め、思い思いに過ごしている。
白良浜の魅力が、季節を超えて楽しまれていることは喜ばしい。
一方で、地元の人たちはどうだろう。
いつの間にか白良浜を「観光客のための場所」と感じ、少しずつ足が遠のいてはいないだろうか。
もし、そこに暮らす人々の日常が浜から消えてしまったら。
白良浜は、美しいけれど、どこにでもあるリゾート地のひとつになってしまうかもしれない。
大切なのは、観光客が増えることを問題にするのではなく、地元の人たちが、自分たちの浜を楽しみ続けられることだと思う。
早朝の散歩。
夕暮れの海を眺めながら過ごすひととき。
浜をきれいにする人たちの姿。
地元の食や音楽、人々の交流が自然に生まれる時間。
特別なイベントがなくても、そこには十分な豊かさがある。
むしろ、そんな何気ない日常こそ、遠くから訪れる旅人にとって、最も魅力的な風景なのかもしれない。
だからこそ、白良浜のこれからを考えるとき、集客や経済効果だけでなく、そこで暮らす人々の声や日常を、もっと大切にしたい。
「何かがあるから行きたい浜」ではなく、「何もなくても行きたくなる浜」。
ローカルが主役であることは、観光客を遠ざけることではない。
自分たちの土地と文化に誇りを持ち、日々の暮らしを楽しむ。その輪の中に、世界から訪れる人々を自然に迎え入れることだと思う。
九十九という店も、白良浜という場所も、根底にある考え方は同じだ。
観光客に愛される町である前に、そこに暮らす人たちが愛している町であること。
世界から憧れられるために暮らすのではない。
自分たちの暮らしを大切にしていたら、いつしか世界から憧れられる町になっていた。
そんな白浜であってほしい。
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